ドナルド生命の会社説明会場である商工会議所の一室には、そこそこの人数が集まっていた。
50人程度はいるだろうか。生命保険業界は人気がないと聞いていたが、リーマンショック以降の不景気風が吹きすさぶこのご時勢、まずは話だけでも聞いてみようという求職者は多いのだろう。
ぼくは、案内役に誘導されるまま、最前列に着席した。
前方のスクリーンには、「ドナルド生命福岡MD支社 会社説明会」という文字が投影されていて、演壇には、就職支援会社の若い営業担当者が、いまや遅しとマイクを握りしめている。ほどなくして、かれの第一声が開催を告げ、ドナルド生命の会社概要説明がはじまった。
ドナルド生命は、カナダで設立された歴史も由緒もある保険会社。
カナダや北米はもちろんのこと、香港やシンガポールなどのアジア圏においても拠点を構築しているという。目下の最重要開発地区として本国の経営陣が期待を寄せているのは、数年前に拠点を築いたこのニッポンだ。国内における外資系生命保険会社としては最も後発の会社ゆえに、さまざまなあたらしい取り組みを準備しつつあるとのこと。チャレンジ精神旺盛な会社らしい。
「ちなみに」と担当者は、支社名に冠せられている「MD」が、「大都市開発(Metropolitan Market Development)」の略称であることを付け加えた。
チャレンジ精神、なんという希望が持てることばだろう。
根っこが単純で感動屋のぼくは、そのことばを聞いただけでときめいた。
それに、この愛するわが街福岡のことを、「大都市」と表現するその心意気。いいじゃないか。(まだ入社してもいないが)わがあらたなるビジネスの前途に、茫洋たる奥ゆきを感じさせてくれる。
担当者に促されて、支社長が登壇した。
浅黒くて精悍な顔立ちだが、人懐こい微笑も覗かせている。50歳は超えているだろうか。仕立てのよさそうな細身のスーツを着こなして、いかにも「デキる金融マン」といった印象だ。ぼくはどことなく、かつて子どもの頃によく観ていた人気番組「がんばれ‼ロボコン」のガンツ先生を、かれの印象に重ね合わせた。ガンツ先生は、よく通る低い声で自己紹介をはじめた。
その数日後、ぼくはドナルド生命の堂々たるオフィスに、支社長を訪ねていった。
真新しい商業オフィスビルの11階。エレベーターを降りると、天井が高い。ゆったりとしたシックな空間が拡がっている。まさに、成功者が集うに相応しいといった印象のオフィスだ。
わざわざエレベーターのまえで出迎えてくれた支社長は、「ああ、あのときのあなただったか」と、例の人懐こい笑みを表情に浮かべている。
「最前列でこわい顔をしていたから、気に入らない内容だったのかなと思っていたのだけど」
ガンツ先生の目には、ぼくの印象はあの時点で「ロボコン、0点」だったわけだ。
しかし、ぼくがこわい顔をしていたとしても、それは決してかれの話に不満を覚えていたからではない。むしろ、かれの提言に共感し、その内容をひと言も聞き漏らすまい、というくらいの真剣な表情で向き合っていたからだろう。それほどかれのプレゼンは、これから保険募集人を目指すぼくの不安感や懸念を、おおいに拭い去ってくれるものだった。
かれは、人の出入りが激しい生保業界の現状を変えたいという。
フルコミ営業は、自身の裁量でいくらでも稼げるという魅力がある一方で、ちょっとでもつまずけば収入ゼロに転落する不安定な世界。どんなに優秀な営業マンでも、自身のあらゆる思考をコントロール出来なければ、いとも簡単に収入の道が潰えることもある。自己責任の世界とは云いながら、なんともったない人材の使い方か。特に外資系生保は、個のちからに頼りすぎてきたのではないか。しかしながら、フルコミという報酬制度を維持したままで、最大限にチームとしての動き方(マーケット開発)を構築すればどうだろう。
「わたしには、その秘策があります」
と、壇上のかれは語気を強くして言った。
このわたしの提言を、ドナルド生命の経営陣は支持してくれた。福岡MD支社は、あたらしい生保営業のモデルを構築するために新設された、まさしく経営陣肝いりの特別な支社なのだ、と。
このあたらしい取り組みには、従来の保険業界の文化に染まっていない無色透明な人材が必要だ。そんなかれのことばに、ぼくの期待はいよいよ膨らんだ。
面談でのやり取りが終わりに近づいたとき、支社長はおだやかな口調でこう言った。
「わたしも保険業界には長くいるが、この会社ではまったくの新入社員で、かつ挑戦者です。一緒にあたらしい仕組みを築ける人材を求めている。あなたは、このチャレンジャブルな取り組みに共感してくれますか」
こんなにも魅力的なオファーに、ノーなどと断れるはずがない。
目の前のこのひとは、まさしくぼくが待ち望んでいた、メンターなのかもしれない。
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