最近では全く耳にしませんが、ずいぶん前に『新生児取り違え事件』というニュースが、大いに世間を騒がせました。第二次ベビーブーム以降、出産場所の多くが自宅から病院へと移行するなかで、おもに病院側の人為的ミスによって、引き起こされた事件のことを指します。
日本人同士の家族間で起きた事故でさえ、当事者にとっての混乱と悲劇は、容易に克服出来る問題ではなかったでしょう。もしそれが、民族と宗教が異なるふたつの家族のもとで起きてしまったら。しかも、互いの家族が属するコミュニティ間に、拭い去り難い断絶が存在するとしたら。彼らの苦悩は、わたしの想像の域をはるかに超えています。
今回ご紹介する映画『もうひとりの息子(ロレーヌ・レヴィ監督/ムヴィオラ配給)』は、2012年制作のフランス映画。舞台は、イスラエルとパレスチナ自治区です。それぞれの社会に生きるふたつの家族の間で起きてしまった、赤ちゃんの取り違え事件。当事者たちがその真実を知ったのは、その十八年後のことでした。
仏系イスラエル人のヨセフは、テルアビブに住む18歳の若者。学校を卒業するとともに軍隊を志願し、徴兵検査を受けます。すんなり合格するかと思いきや、再検査の知らせが。医師の母親オリットも検査に立ち会いますが、そこで担当医師から意外な事実を聞かされることに。血液型が両親と合致しないというのです。父親アロンとともに動揺を隠せぬオリット。ヨセフは正真正銘の実の息子のはずなのに。
後日、夫婦はヨセフが生まれたハイファの病院から呼び出され、院長室を訪れます。そこには、パレスチナ在住のサイードとライラ夫妻も同席していました。十八年前の新生児取り違えを謝罪する院長。当時は湾岸戦争の真只中。ミサイル攻撃の混乱のなかでの出産、そして病院側の過失。
母親たちはともに悲嘆を分かち合いますが、父親たちの心中は複雑です。あのわが子に、敵対する民族の血が流れていたなんて。
ライラの息子ヤシンも、旅先のフランスから帰国。ふたりの青年を軸に、絡んだ絆を解きほぐすかのような日々が始まりました。
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