今回ご紹介するのは、2017年公開のスペイン・アルゼンチン合作映画『家へ帰ろう(パブロ・ソラルス監督)』です。右脚が不自由な老人アブラハムが、70年前の親友との約束を果たすため、アルゼンチンから遥かな故郷ポーランドへと、人生の最後を飾る命懸けの長旅に出掛けます。
ブエノスアイレスで暮らす88歳のアブラハムは、人生の大半を仕立服の職人として過ごしてきました。今でこそたくさんの子や孫に恵まれていますが、70年前、ここに移り住んだ当時の彼は、まったく身寄りのないひとりぼっちの青年。ユダヤ人の彼は、故郷ポーランドにおいてナチスドイツから迫害を受け、ホロコーストから生還した身の上だったのです。両親や幼い妹を虐殺された彼は、以来ドイツと故郷に並々ならぬ憎悪を抱いて生きてきました。今もなお、彼はこの二つの国の名を、口にすることはありません。
そんなアブラハムですが、今や子どもたちに促され、住み慣れた家を離れて老人ホームに移り住もうとしています。わが家で余生を終えるつもりだった彼にとっては不満が残りますが、不自由な身体では、どうにも仕方がありません。
引越しの準備を進める最中、家政婦が一着の仕立服を見つけ、その始末をアブラハムに尋ねます。その服を見た彼は、急にある記憶を蘇らせます。それは、ホロコーストから脱出し、重傷を負った身体でかつてのわが家に辿り着いた時のこと。そして、そんな彼を匿い、手厚く看護をしてくれた親友ピオトレックのこと。奇跡的に一命をとりとめたアブラハムは、親友に約束をして家を出ます。彼のために服を仕立て、それを携えて必ず彼のもとに戻ってくると。
もう70年も帰っていない故郷。
ひたすら生き残ることに懸命で、親友との音信も途絶えていました。それでも、アブラハムは奮い立ちます。今が親友との約束を果たす、最後のチャンスなのだと。
親友への贈り物を携え、不自由な身体を引きずりつつ旅立つアブラハム。偏屈極まりない彼ですが、道中では様々な人たちが、彼に暖かい眼差しを送り、支援の手を差し伸べます。彼のひたむきな想いが、周囲の人たちの心を揺さぶります。世知辛い世の中ですが、決して捨てたものではない。そう思わせてくれる素敵な映画です。
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