少し前のことですが、隣家の壁面に卵を投げ続けて逮捕された女性のニュースがありましたね。かみさんがそれを見て「許せない」とひと言。「卵、今とても高いのに!」。なるほど、主婦目線とはそういうものかと感心しました。
ところで、今世界中で新しいリーダーシップを求める声が渦を巻いています。7月には英仏両国で与野党が逆転しましたし、間近に控える米大統領選挙にも注目が集まっています。わが国においても、自民党や立憲民主党の総裁選が行われることになっており、その話題が連日報道されています。
コロナ禍を懸命に克服して冷静さと日常を取り戻した現在、世界中でさまざまな社会問題や政治体制など構造上の問題が浮上してきました。もちろんタイミング的なこともありますが、世界中で新たな変革の波が押し寄せてくるのを感じずにはおられない昨今です。
多様化する価値観が複雑に交錯するこの世界情勢において、求められるリーダー像もまた一様ではないでしょう。しかしながら、国民の運命を左右するほどの権限を与えられた人間が肝に銘じるべきことは、実はさほど違わないのかもしれません。私はそのヒントを、かつて作家の村上春樹さんがエルサレム賞授賞式で語ったスピーチのなかに見出しています。
スピーチのなかで、村上さんは政治体制や軍事力を動かすシステムを「壁」に、脆さを内包する人間とその尊厳を「卵」に例えました。連綿と続くイスラエルとパレスチナの紛争に抗議する内容ですが、そのなかで彼は、「システムに我々を利用させるな」と伝えています。
権力者は「壁」を行使し、時として卵を迷いなく潰しますが、自身も脆い卵であることを忘れてはなりません。システムに使われる前に、常にひとつの卵に立ち返る謙虚さが求められているのだと思います。
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「壁と卵」村上春樹スピーチ要約
於:2009/2/15エルサレム賞受賞式
- 本日の賞を受けることについて、「受賞を断ったほうがよい」という忠告を少なからざる人々から受け取ったが、熟考の末ここに来ることを決意した。何も言わずにいるよりは、皆さんに話しかけることを選んだ。
- もしここに固い壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立つ。どれほど壁が高く、卵が間違っていたとしても。
- 我々はシステム(政治体制や軍事力)という、あまりにも高く硬く冷ややかな壁を前にした、ひとつひとつの卵。ひとつの魂をくるむ脆い殻を持った卵。本来は、壁は卵を護るために作られたが、時としてそれは我々を殺し、我々に人を殺させる。
- 我々には手に取ることのできる生きた魂があるが、システムにはない。システムに我々を利用させるな。システムが我々を作ったのではなく、我々がシステムを作ったのだから。
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